Fuzzface概論1(ゲルマTrの特性)

ゲルマ版Fuzzfaceを自作するにあたり、実測値から推測される回路の動作および要求されるトランジスタの特性を明らかにする。その過程でこれまでまことしやかに語られてきた多くの迷信や伝説の類いを排除できれば幸いである。


<ゲルマニウムトランジスタの特性の測定について>
現在、fuzzfaceを自作しようとする場合に最も有用な記事はGEOのThe technology of the fuzzfaceであることは疑いようのないことでしょう。このサイトには、簡単な動作原理の説明,トランジスタの選別法 および さまざまなfuzzfaceの亜種の紹介などが記されています。

今回は、まずGEOに紹介されている方法をもとにIces, Iceo, hFEを測ってみたいと思います。
Iceo:ベースをオープンにしてコレクタ-エミッタ間に電圧をかけた時に流れる電流。(漏れ電流と呼ばれることもあるらしい)
Ices:ベースをエミッタと短絡させてコレクタ-エミッタ間に電圧をかけた時に流れる電流
(これらIceo,Icesはコレクタ遮断電流とも呼ばれる)


なぜGEOの方法においてhFEだけでなくIceoも測定しているのかというと、トランジスタの動作領域を考えた時に、取り出せる電流はIceo以下にはならない(遮断領域)ことを踏まえてのことだと思います(逆にどんなに出力電圧を取り出そうとしても、Vceは飽和電圧Vces以下にはならない)。さらにGEOでは、このIceoを差引いたIcを用いて算出したhFEを*real*hFE(「真のhFE」)と表現しています。この「真のhFE」を使用したスクリーニング法がどの程度有効かは、後ほど検証および評価したいと思います。

なおトランジスタの動作領域の詳細は、NECのFAQ「tr-1101 動作領域」の項をご覧ください。

今回Icesを測定する意図は、Iceoが流れている状態ではVbeが0Vより下降しているもの(PNPトランジスタの場合)と推測し、それではベースの電位を強制的に0Vにしたらどうなるかを見たかったという興味本位の理由です。同様の理由で、Iceo および hFEを測定した時のVbeもそれぞれ記録しておくこととします。

<図1:今回測定に使用する回路>

上図はGEOで紹介されているIceoおよびhFEの測定回路にIcesを測るためのSW1を追加した回路です。実験手順は以下のとおりになります。
1.最初にSW1を押した状態で数分室温になじませて、値が落ち着いたところでコレクタ電流Ices(実際は電源-コレクタ間に設置した電圧計。以下同じ)の値を読む。
2.SW1を離してコレクタ電流Iceoの値を読む。同時にVBEを測っておく。
3.SW2を押してコレクタ電流Icの値を読む。同時にVBEを測っておく。

この回路定数で測定すると、以下のようにhFEが直読できることになります。
 hFE=上記3で読んだメーターの値×100
 真のhFE=(上記3で読んだメーターの値-上記2で読んだメーターの値)×100

逆にIceoについては、下記のように算出する必要が生じますが。
 Iceo=上記2で読んだメーターの値/Rc(=2.5kΩ)

上記の測定条件は、(ゲルマTrの大きなIceoのため)IceoとIcの値が近すぎて「純粋な」hFE測定には不向きです。ただ、実際のFuzzfaceの1段目トランジスタのベース電流に条件が近い(実際のRfの両端の電位差は概ね0.2~0.8V程度)ので、Fuzzface用のトランジスタのスクリーニングに特化した回路である、とは言えます。


Iceo,Icesについて、上図の回路にはコレクタに電流検出用の抵抗(Rc=2.5kΩ)が入っているため、正確にはVceが一定の状態での測定とはなりませんが、Rcによる電圧降下は概ね1V程度であり、Vceが多少変動したところで測定結果に与える影響は軽微であるため(詳細な影響度合いについては、下記<測定時のVceの大小によるIceo測定結果の変化>参照)、ここではVce=約8Vと割り切って考えることにします。hFEについては、Ib(=9V/2.2MΩ≒4.1μA)を一定とした測定と考えることにします。本来はコレクタ電流が一定の状態で測定すべきですが、こちらも今回は簡易的な測定と割り切っておきます。
(今回のように量を捌く必要がある場合にはこういう機械が欲しくなりますね)


以下2SB370のAランクを41個測定した結果です(うち30個は同一ロット)。気温20℃
時間があったら他の品番でも測定したいと思います。


<図2:2SB370 AランクのIcesのばらつき>



<図3:2SB370 AランクのIceoのばらつき>



<図4:2SB370 AランクのhFEのばらつき>



<図5:2SB370 Aランクの「真のhFE」のばらつき>


Ices,Iceoについては全体的に少ないように思います。まずまずのロットですね。
hFEについてはカタログ値よりは多少ばらついているようですが、測定条件が異なる(Vce=-1V,Ic=-150mA)こと および経年劣化を考えると、こちらもまあまあの結果だと思います。


次に各パラメータ間のピアソンの積率相関係数を見ます。この相関係数が高ければ高いほど互いのパラメータの間に何らかの相関関係があることが類推されます。


<図6:Ices vs Iceo 相関係数:0.695>



<図7:Iceo vs hFE 相関係数:0.939>



<図8:Iceo vs 「真のhFE」 相関係数:0.462>

図7の結果から、この条件(hFE測定時のIb=4μA)ではIceoとhFEの相関が非常に高いことが見てとれます(hFE測定時のIbを増やした場合についても、相関は多少落ちるものの概ね同様の結果が得られています。下記<測定時のIbの大小によるhFE測定結果の変化>を参照)。何らかの理由でコレクタからベースに漏れた電流がエミッタに流れてhFE倍されてコレクタ電流として現れているイメージでしょうか。また、図6の結果から、IcesとIceoの相関もかなり高いようです。図中著しく離れた異常値(たぶん漏れ電流が多い不良品)を除けば、さらに0.1ぐらい相関係数がUPします。以上に比べると多少薄いですが、Iceoと「真のhFE」との相関も見られるようです。



<図9:2SB370 AランクにおけるIceo測定時のVBEのばらつき>

Iceo測定時にどの程度VBEが0Vからシフトするのかを測定しました。平均で63.0mV程度下降するようです。このように漏れ電流によって(勝手に)自己バイアスしているため、mosrite fuzzriteの1段目やTonebenderMkIIの1段目のように明示的にバイアスをかけなくてもトランジスタが動作します(ただし入力振幅が小さくないと信号がひずむ)。これはシリコントランジスタではありえない特性です。


<図10:hFE測定時のVBE vs hFE (相関係数:0.183)>



<図11:hFE測定時のVBE vs 「真のhFE」 (相関係数:0.386)>


ついでに、hFEとVBEの相関を見ておこうと思います。今回はhFEのばらつきが少なかったので、意味のある相関が出たかどうかはかなり怪しいです。ただ何故か図11の「真のhFE」 vs hFE測定時のVBE(mV)の方が相関が若干高いように見えます。このあたりは要再調査でしょう。


(ゲルマTrの温度変化に対する特性(Iceo, hFE)変化)
「'88年度版最新トランジスタ規格表」にも記されているように、コレクタ遮断電流Icboは温度によっては10℃上昇するごとに約2倍程度と、非常に大きく変わります。Iceoについても同程度の温度変化に対する反応を示すと思われます。



<図12:Temp vs hFE (Sample21)>


<図13:Temp vs 「真のhFE」 (Sample21)>


<図14:Temp vs Iceo (Sample21)>


図12,図13より、hFEについては温度増加に伴い比例的に値が増大しているように見えます。図12において温度が高い時に増加量が多いように見えるのは、Iceoの増大によるものであることが図13の結果より判断できます。また図14より、Iceoについてはおおむね指数関数的に値が増大しているようです。



<図15:Temp vs hFE (Sample21, Ib=40μA)>

hFEの測定に対するIceoの影響を無視できる程度に少なくするためにIbを40μAにして測定した結果が図15になります。この結果ならばhFEが比例的に増大していることが納得していただけることと思います。逆にFuzzfaceの回路定数が(コレクタ電流が低くなるため)Iceoを無視できないレベルに設定されている、ということも言えるとは思います。

<測定時のVceの大小によるIceo測定結果の変化>
ゲルマTrのサンプル3個について、測定時のVceとIceo測定結果との関連から、Vceの違いによってIceoがどの程度変化するのかを見ます。なお下記でVce≒8Vとなっている測定結果は、<図1:今回測定に使用する回路>によるものです。

Vce_Ic.GIF
<付表1:Vce vs Iceo at 22℃>

上記結果より、当該測定条件範囲(Vce=0.5~8V)ではVceにかかわらずIceoはほぼ一定となっています。つまり実際のFuzzfaceにおいても、周囲温度が同一ならば今回のIceoの測定結果とほぼ同レベルの漏れ電流が発生していると考えることが出来そうです。

<測定時のIbの大小によるhFE測定結果の変化>
Ib=4μA および 40μAのそれぞれの条件でhFEを測定します。各個体にはラベルをつけて示しておきます。特記なき個体はすべてランクAです。なお、Ib=40μAの測定には、<図1:今回測定に使用する回路>のRbを220kΩに、Rcを250Ωにした回路を使用します。



<付図1:Iceo vs hFE, Ib=4μA, 相関係数:-0.872>



<付図2:Iceo vs hFE, Ib=40μA, 相関係数:-0.462>

Iceoについては、Rcによる電圧降下を除いてほとんど条件は変わらないので、概ね同様の傾向を示しています。ただ、hFE測定時のIbが10倍になっているので、Icも概ね10倍程度となり、そのためhFE測定におけるIceoの影響が1/10程度に減ります。
またhFE測定時の電流が、規格表における測定条件(Vce=-1V,Ic=-150mA)により近くなっているため、ランクAとランクBの違いがよりはっきり現れているようです。


<寄生容量の測定(かなり乱暴)>
動作していない状態での静的寄生容量を、手持ちのカスタムLCRメータELC-133Aを直接つないではかってみます。かなり乱暴であることはわかっています。はい。でも何らかの傾向がつかめたら面白いかな・・・という感じで・・・。


<付表2:ELC-133Aを使ったBE間およびCB間の寄生容量の測定>

図中、B+E-はベースを+(赤端子)にエミッタを-(黒端子)につないだことを意味します。
B+E-とB-E+(および B+C-とB-C+)で若干値が違っているのは、トランジスタの極性の影響と思います。ちなみに上記と同様にCE間を測定してみたのですが、計測値がランダムにゆれて測定自体がうまくいきませんでした。

いずれのSampleも、10kHzでBE間では350pF程度、CB間では500~550pF程度の値を示しています。’88年度版最新トランジスタ規格表を斜め読みするに、このクラスのゲルマの場合、fae(エミッタ接地増幅回路において、電流増幅率が3dB低くなる周波数)は10~20kHz程度と目されるので、大雑把なモデルとしてはわりといい線行っているのではないかと思います。(興味のある方はspiceでシミュレーションしてみてください)

投稿者 fff : April 10, 2007 02:44 PM
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